先日、このブログにはじめてカウンターを付けて、数が増えていくのを楽しみにしていたんです。
カウンターは、ブログやサイトを訪ねてくださる方を数える機能なんですけど、付けた後、その翌日になっても5とか。。。いっこうに数が増えてなくて、正直落ち込みましたw
そしたら、どうやらカウンターのhtmlタグを貼る場所を間違えていたらしいんです。
だから、そのカウンターが数えていたのは、私がブログをチェックした時だけだった、ということだったみたいです。
ああ〜、よかったw
悲しかったですからね。ここまで人気ないのかなってw
どんなに機能がすぐれていても、合った環境に置かれていないとその威力は発揮されないんですね。
ま、カウンターの威力が発揮されなかったのは、(カウンターは)自分で適所に歩いていけないので、間違った場所に貼った私の責任ですが、私達は自ら自分のの意志で動けますから。
だから、自分の威力を発揮するために、自らの適材を知り適所へ動きましょうね!
2007年03月05日
どんな愛?
霧雨のように愛しなさい
やさしく降り注ぎ
川を溢れさせなさい
ーマダガスカルに伝わる諺
そういえば、私、霧雨や単なる雨の写真でさえ撮ったことなくて。
仕方ないから↑の写真を選びました。光が好きなんですよね。
お日様や雲が大好きなんです。
さて。愛、ですね。
どんな風に愛してますか?
愛は押し付けちゃいけませんよね。
「こんなに良くしてあげてるのに」
これも受動的な押しつけですよね。
もし、霧雨のようにやさしく降り注ぐ愛で満たしてあげられたら、きっと心の芯まで浸透して、あなたのことが忘れられなくなるでしょう。
愛って本来、やさしくて、愛する人の心も愛される人の心も自由にしてくれるものなんですよね。
そして、満たして溢れた愛は、あなたやその人だけでなく、周りの人にも降り注ぐかもしれません。
「周りから祝福される」って、そういうことなのかもしれない、なんて今ふと思いました。
最大の過ち
人生最大の過ちは、
過ちを犯すことを絶えず恐れることである。
―エルバート=ハバード (1856-1915)、The Note Book
アメリカの哲学者で作家のエルバート=ハバードは、数々の名言を残してくれました。
1915年、航海中にドイツ軍の無差別攻撃にあい愛妻と共に沈没死しました。逃げる余地はあったものの、海原で別れ離れになるよりも手に手を取り合っていっしょに死ぬことを選んだと語られています。
自らの理想人物像を生きた人だったんですね、きっと。
でも、理想を生きるとか正しく生きるということは、おそらくいつも美しいことではなかったのだと思います。
過ちは一生懸命に生きていればいるほど起こしてしまうものなのかもしれません。
過ちを犯すことをいつも恐れてがんじがらめにされて、その結果のびのびと生きれないと、人生そのものが過ちになってしまうよ、と教えてくれています。
2007年03月04日
自分で許さないかぎり
2007年03月03日
傷付きやすいのは?
お腹より心の方が弱まりやすいわ。
だって、心は毒をもられても
すぐに痛みを感じないでいられるから。
ーヘレン=マッキネス
70年代にベストセラーとなった小説家、ヘレン=マッキネスが残した言葉です。
体の具合が悪いとお医者さんにかかるのが当たり前。
だって、痛んだり気持ち悪かったりするから、どうにかしなきゃ!と思えるんです。
でも、心は無視されやすい。
辛いと感じても、重くても、治してあげるために何か行動をとらないんです。
そして、心はとうとう疲れ果ててしまうんですね。
自分との対話ってしたことありますか?
時々、聞いてあげてください。
「どうしてる?大丈夫?」って。
自分の心に話しかけてあげてください。
「あなたの事、忘れたりしてないよ」
って話かけてあげてください。
2007年03月01日
恐れますか?それとも。。。
いつでも選択できるんだ。
責任を果たすか、恐れるか。
ーサミーデイビスJr.
アメリカが生んだ偉大なるエンターテイナーのひとり、サミーデイビスJrが残してくれた言葉です。
彼も大変な努力家だったと言われています。
そうそう、『天才は1%の才能と99%の努力』、といわれている通りです。
彼ほどの才能に恵まれた人が?
と思われるかもしれませんが、トップエンターテイナーの座を守り続けることは、毎日が恐怖との戦いだったのかもしれません。
恐れて逃げるか、それとも行動して事を果たすか。
こんな事を言っていた人がいます。
「恐怖は頭の中にあるだけだよ」
恐怖という観念を頭の中で作り上げているだけ。
また、尊敬する友達がこんな事を言っていたのを思い出しました。
「とにかく飛び込んでしまうことよ。それからもがいて泳いで、どうにか向こう岸に着けばいいのよ」
向こう岸に着いたら、恐怖を乗り越えたら、新しい自分と出会えそうな気がしませんか?
2007年02月26日
すべてには季節がある
すべてには季節があります
天の下のすべてには時期があります
生まれる時 死ぬ時
植える時 植えたものを摘む時
殺す時 癒す時
壊す時 建てる時
すすり泣く時 笑う時
嘆く時 踊る時
石を投げる時 石を集める時
抱擁する時 抱擁するのを避ける時
得ようとする時 失う時
しまっておく時 捨てる時
やぶる時 縫い合わせる時
黙っている時 話す時
愛する時 嫌う時
争そう時 そして 平和な時
Ecclesiastes 3:1-8(コヘレトの言葉)
Ecclesiastesは、旧約聖書の中の一部の「伝道の書」と呼ばれるものです。
『新グローバル英和辞典』には、人間がする事の空しさを説いている、と書かれています。
でも、ここでは聖書のことは置いといて。
「すべてのことには時がある」
この言葉は、とても生き易くしてくれる言葉ではないでしょうか。
たとえば、ことが上手く運ばない時。
「今は、無理してもうまくいかない時なんだ」
と思えれば、壁を必死になって押すようなストレスの溜まる努力なんて避けて、「良いタイミングが来るのを待つ」ことが出来るかもしれません。
暗い雨雲は必ず流れ去っていく。
嵐は過ぎる。
ちょっと壁にぶつかった時、うまく行かない時、「今はどんな時なんだろう?」って考えてみれたら、自分の中で、もっとすっきり整理整頓つきやすくなりそうではありませんか?



